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スピロヘータ

 スピロヘータはグラム陰性のらせん菌のうち、らせんの回転数が5回以上のものを指す総称です。回転数が1程度のものにはビブリオ属菌、2から3回程度のものにはカンピロバクター、ヘリコバクターなどがあります。菌体のもっとも外側にエンベロープと呼ばれる被膜を持っているのが特徴で、それが菌体と鞭毛を覆っています。鞭毛の働きでくねるように動いたり、回転しながらさかんに運動します。

​ スピロヘータには様々な種類があり、下記のような症状を引き起こします。

梅毒トレポネーマ、トレポネーマ・パリダム

 性感染症の代表的疾患であり、トレポネーマ・パリダムによる全身性の慢性感染症。後天梅毒と胎児が胎盤を通して感染する先天梅毒がある。さらに皮膚、粘膜などに症状を認める顕症梅毒とこれを欠く潜伏梅毒(無症候梅毒)に分けられる。感染後約3週間で初期硬結や硬性下疳を生じ、鼠径リンパ節が腫脹する。約4週後に梅毒血性反応が陽性になり、3ヶ月でバラ疹、丘疹状梅毒疹などの第二期疹が出現し、消退、再発を繰り返しながらゴム腫などを生じる第三期、心血管系や神経系が侵される第四期に移行する。
(医学書院 医学大辞典 一部省略)

 スピロヘータ目に属するトレポネーマ・パリダムはヒトに病原性を示します。トレポネーマ・パリダムは環境中では長く生存できないため、通常はドアの取っ手、プール、温泉などでは感染せず、主に性行為によってのみヒトからヒトへ感染します。従って、後天性梅毒を小児科が扱うことはふつうありません。培養が難しく、いまだに病原性の仕組みについては解明されていません。トレポネーマ・パリダムは下記のような症状を引きおこします。
・梅毒(後天性梅毒)
梅毒は全体の90%が発展途上国で発生していますが、先進国でも時折再流行が見られ、本邦でも一定数で現在も増減を繰り返しています。他の性感染症同様、報告数の数倍の患者がいると推察されています。梅毒は感染機会からおよそ1から13週間(平均3週間)の後、硬性下疳を特徴とする第一期梅毒で発症します。硬性下疳はトレポネーマ・パリダムが皮膚に侵入した部位に出現します。最初は小さな赤い円形の丘疹ですが、急速に中心部が潰瘍化、その滲出物には大量のトレポネーマ・パリダムが含まれていますが、痛みはふつうありません。硬性下疳が陰部にできた場合は、鼠径部のリンパ節が腫れる(無痛性横痃)ことがあります。無治療でも1から5週間で消失しますが、決して治癒したわけではなく、適切な治療が行われなければ第二期梅毒に移行します。第一期はこのように感染部位とその周辺の病変になります。第二期梅毒は、硬性下疳出現の4から10週間後に始まります。4人にひとりはまだ硬性下疳が残ったままです。第二梅毒は頭痛、発熱、倦怠感、食欲不振、吐き気、疲労感、発疹などです。発疹はふつうかゆみはなく、バラの花びらのような薄赤色、茶色の小さな発疹(バラ疹)で、それに続いて硬い丘疹(梅毒性丘疹)が各部に出現します。手のひらや足の裏に梅毒性丘疹ができると落屑を伴い(梅毒性乾癬)、頭皮にできるとその部位は脱毛します。粘膜、わきの下や陰部などの湿性部分に生じると潰瘍を伴い扁平コンジローマと呼ばれる皮疹になります。発疹は2から6週間続きます。その他、全身のリンパ節の腫れが出現したり、眼、骨、関節、肝臓、脾臓、腎臓などあらゆる臓器に炎症が生じることがあります。このような症状が現れるのは、第二期が、トレポネーマ・パリダムが血行性に全身に広がっていく時期だからです。この第一期と第二期がもっとも人に感染させやすい時期です。その後、梅毒は潜伏期に入ります。潜伏期は第二期の症状が再燃することがある、潜伏期が始まってからの2年程度の前期潜伏期と、その後の全く症状のない後期潜伏期に分けられます。後期潜伏期は数年以上に渡ることがあり、この間に他の疾患などで抗生剤の投与を受けると梅毒が治癒することがあり、それが先進国で第三期梅毒が少ない理由ではないかと考えられています。第3期梅毒は後期潜伏期の後に発症する多彩な病状を示す梅毒の終末期です。全身のあらゆる臓器に発生する肉芽腫様変化(ゴム腫)、大動脈の拡張や動脈瘤(心血管梅毒)、性格変化、痴呆、進行性の麻痺、運動失調といった神経症状(神経梅毒)が主な症状です。神経梅毒によって麻痺と脊髄癆を生じた段階を第4期梅毒と言うこともあります。これらによる症状は時に死因になるほど重大です。トレポネーマ・パリダムそのものには抗菌薬の効果が期待できますが、感染によって損傷を受けた臓器の修復は難しいため、早期診断、早期治療が大事です。第一期、第二期梅毒では抗菌薬の投与後にヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応(破壊された菌体から毒素が大量に散布されることによって生じる発熱、倦怠感、病変部の悪化などを伴う全身症状)を生じることがありますが、通常は1から2日で自然と回復します。第一期、第二期梅毒を早期梅毒、第三期以降を晩期梅毒と言うこともあります。
・先天梅毒
 先天梅毒はトレポネーマ・パリダムの経胎盤感染によって生じ、ふつう第一期、第二期梅毒の母体から胎児に感染します。多くは無症状でトレポネーマ・パリダムは生涯に渡って潜伏します。成人と同様に早期、晩期梅毒がありますが、成人とは症状が異なります。早期先天梅毒は生後数ヶ月以内に生じ、手足や顔面、おしりや陰部の発疹、リンパ節の腫れ、肝脾腫などが出現します。体重が増えにくくなり、口の周りにひび割れが生じることがあります。晩期先天梅毒では乳幼児期には症状なく経過し、それ以降にハッチンソン三徴と呼ばれる、ハッチンソン歯芽(永久歯の上の前歯が半月上に陥凹したもの)、実質性角膜炎、内耳性難聴を特徴とする症状が出現します。ゴム腫などを生じることもあります。本邦では近年極めてまれになりましたが、それでも年間を数例の報告があります。

まとめ:梅毒は代表的な性感染症で、早期診断、早期治療が重要となる。

ボレリア・ブルグドルフェリ

 1977年、米国コネチカット州ライム地方で流行した遊走性紅斑を伴う関節炎が、マダニの媒介するBorrelia burgdorferi(スピロヘータの一種)による全身感染症と判明、地方名を冠して名付けられた。マダニに刺咬されると倦怠感、発熱、頭痛などの前駆症状に続き、皮膚に遊走性紅斑を生じるが4週ほどで消退する(第1期)。1~4ヶ月後には、関節炎、髄膜炎、脳神経炎、神経根炎などがみられ(第2期)、数ヶ月~数年後には、慢性の関節炎・髄膜炎、慢性萎縮性肢端皮膚炎がみられる(第3期)。日本での初報告は1987年。
(医学書院 医学大辞典 一部省略)

 ライム病をおこすスピロヘータ科ボレリア属に属する細菌は数種類確認されており、本邦でのノネズミ、マダニのボレリア属菌の保菌率は欧米とほとんど変わりません。本邦では典型的なライム病の病原体であるボレリア・ブルグドルフェリより、ボレリア・ガリニ、ボレリア・アフゼリの感染が多いと報告されています。ライム病はマダニに咬まれた数日から5週間程度ののち、ダニの咬み傷に生じる遊走性紅斑で発症します。遊走性紅斑は最初は赤色の丘疹で、中心部が退色しながら円形に拡がっていく特徴的な皮疹です。ライム病の4人中3人以上に出現すると言われています。遊走性紅斑は数日から数週間続き、ボレリアが全身に拡散すると発熱や頭痛、筋肉痛、関節痛、倦怠感など非特異的症状が見られるようになります。発熱などは間欠的に出現しますが、倦怠感や疲労は慢性に経過します。この時期は感染初期(第一期)と呼ばれますが、遊走性紅斑が出現しない場合の診断はとても困難です。遊走性紅斑が出現してから数ヶ月以内に、髄膜炎や顔面神経麻痺、心ブロック、心筋心膜炎、関節炎などが見られるようになります。この時期は播種期(第二期)と呼ばれます。適切な治療が行われなかったライム病では、感染して数ヶ月から数年で晩期(第三期)の症状が出現します。晩期では複数の大関節、特に膝の関節炎、慢性の脳脊髄炎(気分、記憶、睡眠障害などを伴う)、萎縮性肢端皮膚炎(手足の先が炎症によって脱毛、ひ薄化し、最終的に皮膚が硬くなる、知覚神経障害を伴う)を特徴とします。時にベーカー嚢胞(滑液がたまった嚢胞が膝の関節腔の裏側に突出したもの)を生じます。抗菌薬によって治療しますが、晩期にまで進行した症例では治療後も関節炎が残ることがあり、滑膜切除術が必要になることがあります。ボレリアの人体への伝播には、36時間以上のダニの咬着が必要だと考えられています。すべてのマダニがボレリアを持っているわけではありませんが、森林などに立ち入る際には袖の長い服を着るなど露出部を減らし、マダニの吸血を避けることが大事です。アナプラズマや他のボレリアと重複感染することがあります。アナプラズマについては他項に書きます。

​ まとめ:ライム病は慢性的に様々な症状を引きおこす。マダニ対策によって予防できる。

ボレリア・レクレンティス

 シラミやダニに媒介されるボレリアに感染し発熱を繰り返す感染症。シラミによって媒介する回帰熱はBorrelia recurrentisの一種が病原体で、衛生環境が悪くシラミが寄生するヒトの間で発症する。潜伏期、発熱期、再発期の3つの病期がある。約1週間の潜伏期をもって発熱、脾腫などを来す。数日でいったん解熱し、その後数日の無熱期の後に再び発熱する。致死率は4~40%である。ダニが媒介する回帰熱では、齧歯類が保菌宿主で散発的に発生し、病状は前者に比べて軽症である。
(医学書院 医学大辞典 一部省略)

 シラミが媒介する回帰熱の病原体はボレリア・リカレンティス一種で、宿主上で保菌しているシラミが押しつぶされるとボレリア・リカレンティスが放出され、皮膚の細かい傷から感染します。シラミはボレリア・リカレンティスによる回帰熱を発症している有熱期の患者を吸血することによって保菌状態となります。シラミ媒介性回帰熱は、アフリカと南米の一部の衛生状態の悪い地域に主に見られます。ダニが媒介する回帰熱は世界の広い地域で認められ、10種類以上のボレリアが原因となりますが、ライム病を引きおこすものとは種類が違います。ダニは齧歯類の保菌動物からボレリアに感染し、そのダニがヒトを刺すことによってヒトが感染します。潜伏期間は数日から10日程度で、突然の悪寒、発熱、吐き気、筋肉痛、関節痛などで発症します。発疹が見られることもあります。高熱は数日間続いた後、自然と治まり、数日から1週間以上の無熱期を経て、再び発熱などの症状が出現します。適切な治療が行われなかった場合、これは2から10回程度繰り返され、次第に免疫がついて症状が軽くなっていくのが普通です。症状が繰り返されるのは周期的なボレリアの増殖によるものです。シラミ媒介性の場合は特に、感染から数週間で黄疸、肝脾腫や心筋心膜炎などを合併することがあります。抗菌薬によって治療しますが、発熱期終盤で開始すると致死的なヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応を生じることがあるため、治療は発熱期早期か無熱期に開始するのが適切だと考えられています。回帰熱はここ何十年と国内発生の報告はありませんでしたが、1995年に北海道で発見されたボレリア・ミヤモトイがヒトに病原性を示すことが確認されました。本邦でのシュルツェマダニとパブロブスキーマダニの1から数%にボレリア・ミヤモトイが検出されており、潜在的に患者が発生していることが推察されます。

レプトスピラ

スピロヘータ目の好気性・螺旋状細菌からなる一属。200以上の血清型があるLeptospira interrogansのうち、黄疸出血性レプトスピラは、出血性黄疸(ワイル病)の病原体である。ラットの尿で汚染された水、食物、土壌などを介してヒトに感染する。九州、山陰、千葉地方に患者の発生が多い。
(医学書院 医学大辞典 一部省略)

 レプトスピラ症は、グラム陰性菌であるスピロヘータ目レプトスピラ科に属する細菌の病原性株に感染することによって発症する人獣共通感染症です。レプトスピラは齧歯類などの哺乳類の腎臓に定着し、尿中に排泄されます。レプトスピラ症は世界中で見られる感染症ですが、本邦では沖縄県で特に集団発生の報告が見られ、レプトスピラを保有する動物の尿に汚染された河川やぬかるんだ土壌でのレジャーや労働が感染機会だと考えられています。ヒトからヒトへの感染はふつうありません。潜伏期間は5日から2週間程度で、悪寒、発熱、頭痛、筋肉痛、結膜充血などで発症します。数日間発熱が続いた後いったん解熱し、数日間をおいて再び発熱することがあります(二相性)。この二相性の経過の前半は第一期、後半は第二期もしくは免疫期と呼ばれ、第二期には無菌性髄膜炎を認めることがあります。これら軽症のレプトスピラ症は本邦各地に秋によく見られたため、秋疫み(あきやみ)など地方独特の名称で呼ばれていました。吐き気、下痢、咳なども見られ、軽症では他の感冒との区別は困難ですが、レプトスピラ流行地域への旅行、結膜充血、二相性の経過が診断の手がかりとなることもあります。時に発症後、数日から1週間で血管内溶血による黄疸、貧血が出現する重症のワイル病に進行することがあります。ワイル病では肝障害、腎障害、神経症状、身体各部の出血などが見られ、死亡率は5から10%と言われています。抗菌薬による早期からの治療で重症化を避けられる可能性が指摘されています。梅毒、回帰熱と同じく、抗菌薬の治療でヤーリッシュ・ヘルクスハイマー反応がおこることがあります。4血清型の不活化全菌体ワクチンがありますが、現在は入手できません。

 まとめ:動物の尿に汚染された河川などでの活動はレプトスピラ症の感染機会となる。活動後はシャワーを浴びるなどによって予防、早期治療によって重症化を回避できる。

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